『睦月がこんなに上地にハマるとは思わなかったw』
先日、私が“上地雄輔”を知りファンになるきっかけになった友人に、あらためてこんなことを言われた。
芸能人好きで手広くファンやってる彼女を「へ〜!ほ〜!ふ〜ん」と見てた私が、しっかり上地ファンになってるのが意外らしい。
わかってたけど・・・(^^;;;
だから彼女の前では、めいっぱい冷静に普通にファンしてる。 σ(^_^;)
当然彼女はこのブログの存在も知らない。
《こっ恥ずかしくって言えるわけがない;;》
(こんなにって・・・どんなにだと思ってる?w 自分でも驚いてるもん;;)
苦笑いしながらそんなことを思った。(^^;ゞ
『こんなふうに芸能人のファンになったのは初めて』
ファンになってから、同じ上地ファンの人のこういう言葉をホントによく目にしたけど、
私もまさしくそれなんだよね。
だけど・・・
「こんなふうに」って、どんなふうに・・・?
一般的には芸能人から見たファンの存在って
『ファンがいてくれるからこそ自分はこの仕事を続けられる。
ファンあっての自分です。』
そういうスタンスなんだと思う。
もちろんそんなふうにファンの存在に感謝してくれる人も素晴らしいと思うけど
上地は違う。
上地はこの仕事を続けたくてファンを大切に思ってるわけじゃない。
自分のためにどれだけのことをしてくれるとか、どれほど熱心なファンかとか、そんなことでファンを区別するって発想もない。
『自分と関わってくれた人全部が大事。』そう言ってくれる上地は
偶然ブログを覗いて自分の言葉に何か感じてくれた人でも、
たまたまバラエティ番組を見てて“上地雄輔”のことを知らないまま上地を見て楽しそうに笑った人にさえも、喜んで『ありがとう』と言う。
私たちファンが一方的に楽しませてもらったり、元気付けてもらったり、
ただ「応援してくれてありがとう」って位置に据え置かれているのとは違う距離感なんだ。
決して一方通行ではなく、
上地雄輔を見て笑顔になり元気になる自分の存在を、心から喜んでくれる、感謝してくれる、必要としてくれてる・・・
そんな幸福感をいっぱいくれる。
上地は、そんなふうにたくさんの人の存在を受け入れて好きになれるだけの愛情をいっぱい・・・というか無制限に持ってる人なんだって思う。
人の心ってわがまま。
自分が不快な思いしたり傷ついたりするのが嫌だから、警戒して人を受け入れられなかったり、離れたりするのに
自分のことは受け入れて欲しいものなんだよね。
でも普通の感覚を持ってる人はそれがわがままだってわかってるし、自分が無条件で受け入れられるなんて思ってない。
心はわがまま言っても、頭ではしょうがないよなって納得する。自分もそうなんだからって・・・・
それなのに上地は会ったこともない人の心にまで近付いてきて、
『いいよ』って受け入れてくれる。
『あげる』って優しさや元気を届けてくれる。
上地だったらこんな自分でも受け入れてくれるかもしれないって思わせてくれるんだ。
先ず受け入れてもらえる、好きになってもらえるって、すごいことなんだって思う。
そして、どんな人にも心開いてまず受け入れる、好きになりたいって思うことって、とんでもなくすごいことだと思う。
何の資格も知識も要らないこと。
でもどんな資格や知識を身につけるより難しいこと。
それを当たり前のように出来る上地。
ふと近付いてきて、「それでいいよ」 「頑張ってるよ」って言われたら、
頑張ってる人はすごく嬉しいし、もっと頑張れる。
そうじゃない人はきっと、「なら、これでいいや」とは思わない。
上地がそう言ってくれるに値するだけ頑張ってる自分になりたいって思うんじゃないかな。
上地は、思いを乗せた言葉で何かを育むチカラを持ってるんだ。
スクラップティーチャーの撮影中、寝る時間も無いほど超多忙な時に、生徒役の子達が悩みを相談したりメールしたりして頼ってくれるのが「嬉しい!」って言ってるの見て、すごいなぁ・・・って思った。自分のことで精一杯って時なのにって・・・・
そして思った。上地にとって、仕事も生徒の悩み相談も同じなんだって。
上地がいつでも精一杯してること = 誰かを元気付けたい、その人の笑顔の『ありがとう』が聞きたいってことなんだって・・・
『人が好き!』 そう言う上地の人に向ける愛情は際限がない。
そして上地は、そのたくさんの愛情をただありったけふりまくのではなく
1人1人にちゃんと届けようとしてくれる。
神児遊助でも、よく 『あなただよ、あなた』 と言ったり、 『マンツーマンで伝えたい』 そんなふうに言ってくれる・・・思ってくれてる上地。
身体が不自由な人にも、生きることが辛い人にも、
頑張ってる人にも、うまく頑張れずに凹んでる人にも・・・・
上地のような人がたくさんの人を幸せにしていくのを、
上地のような人が幸せになっていくのを見てると
すごく幸せな気持ちになる。
「あなたがいるから続いてる」
「みんなの笑顔が見たいから」
「ありがとうと言ってくれるのが嬉しいから」
上地がいつもいつもそう言ってくれるのと同じように
上地雄輔を好きな人は同じように上地のことを大事に思ってるんだと思う。
会ったことも言葉を交わしたこともない人のことをこんなふうに心配したり、幸せを願ったことなんて今までになかった。
だから、見てて癒されるとか楽しいとか、息抜きだったりとか、
そんなふうに部分的に生活に取り入れることが出来なかった。
自分の生活全部に、生き方にまで入り込んできちゃった感じ。
上地みたいには生きられないけど
自分なりに自分の列車を走らせたい。
上地に『頑張ろ』って言われたら、一緒に頑張れる自分でありたい。
上地に『幸せ?』って聞かれたら、自分の幸せいっぱい教えられる自分でありたい。
自分自身に胸張れたら、そんな自分のことを上地はいつだって
『ナイス!(^-^)v』 『いいね! ('-^*)』 って喜んでくれる。
そしてそういうつながりに『ありがとう』と言ってくれる。
上地自身の力に変えてくれる。
そのことに心から言える『ありがとう』
すると上地がまたとびっきりの笑顔で『ありがとう』
上地が言う『ありがとう』のキャッチボールは
『生きる力』のキャッチボールなのかもしれない。
自分の人生に大きな影響を与えた人はこれまでにもいなかったわけじゃないけど
会ったこともない芸能人がそんな存在になるなんてことは、私の中では有り得ないことだった。
だから私も『こんなふうに芸能人のファンになったのは初めて』な人のひとり。
そんな上地ファンの人たちは
「なんで上地雄輔のファンなの?」 「どこが好き?」
そう聞かれたらなんて答えるんだろう?
明るさ、 強さ、 優しさ、 純粋さ、 ポジティブ思考 ?
容姿、 演技、 歌、 文章、 発想力 、想像力 ?
・・・・・全部?
うーーーん・・・・なんか違う気が・・・・
そんなふうに端的に答えることなんて出来なくて
自分はその理由をこのブログに書き続けてるのかもしれない。
無理矢理ひと言で言うとしたら・・・
“上地雄輔”が好きだから。
そうとしか答えられないなぁ・・・
ああ、語彙貧困・・・・;;;
…『自分の生活全部に、生き方にまで入り込んできちゃった感じ』まさしくそんな感じです。見守っている我々の生き方にまで影響を与える『上地雄輔』という人間の存在感はすごいです。
私は今 生きる力 とでもいうべき
生きてく上での根底にあるもの。 が、
上地さんになってる。
すごい影響力ですよね。
ホント自分でもある意味宗教だと思います。
宮根さんが言ってたけど、ほんと上地教。
上地さんのファンの人って精神的に感受性が強かったり、悩んだりしてる人すごい多いよね。
そういう人の 救世主 なの。
だから、こんな上地さんと出会ってしまって、
めちゃめちゃ影響うけてるから
ホントそんじょそこらの男子じゃ、物足りなくって仕方ない・・・ これはホント問題です。
なんか今日の読ましてもらって
ぴったりきたので、思わず初コメしちゃいましたあ。
自分のいろんな思いを自分自身が納得したくて
風通し良くなった心で上地のことを応援したくて
こうして文章にしてるんですよね。
だからにゃこさんの“スッキリ”っていう気持ちがわかるし、
にゃこさんの心の整理整頓のお手伝いが出来たことが、すごく嬉しいです。(*^-^*)
上地雄輔にすごい心酔してらっしゃるんですね。 (^^)
私も上地のことすごいなぁって思うし大好きですけど、でも、
宗教的なものは感じないですね〜〜
《と言っても、私は何の宗教にも属したことがない人間なんですが・・・;;》
正直言ってしまうと、上地の存在を救世主(=神)のように考えたり、上地の思想を宗教的に捉えるっていうことに、ちょっと抵抗を感じてしまうんです・・・(^^;;;
私のイメージだと“救世主”というより・・・うーーーん・・・
・・・やっぱり“あんぱんまん”って感じかな?
・・・・ワケわかんないですよね・・・;;
もしよろしければ、『あんぱんまん上地雄輔』って過去記事をご覧になってみて下さいね。
ご面倒であれば、「なんじゃそりゃ?」と呆れて下さって構いませんので・・・〜(^^;)〜
あくまで個人の言葉の捉え方の違いの範囲だと思います。
こーゆーやつもいるんだと流してやって下さいませ〜 m(__;)m
わたしも同じような事考えたことあります。
自分で芸能人にこんな形でハマるとは思ってなかったから、もし人に「どこが好き?」って聞かれたら、わたし何て答えるんだろ・・・って。
『明るさ、 強さ、 優しさ、 純粋さ、 ポジティブ思考 ?
容姿、 演技、 歌、 文章、 発想力 、想像力 ?』
うぅーん・・すべて当てはまりもするけど、それじゃ全然おさまらないんだよねぇ。
睦月さんの 『“上地雄輔”が好きだから。』 って、すごくわかる気がする。
ちょっと違うかもだけど、『上地雄輔』って自分にとってひとつの四字熟語みたいになってて(^ー^;)
それでよく『名は体をあらわす』ってゆうけど、上地くん自身にも『上地雄輔』って名前があまりにも合ってる気がして、神児遊助でも他のどんな名前でも違う気がするってゆうか・・・
あれ?それは誰しも当たり前なのかな?
だから四字熟語【上地雄輔】のあらわす意味は上地雄輔自身。彼のやる事なす事発するものすべて。
例えばここで話をする時に、その四字熟語で会話できそうな気がするんです(笑)
「上地がどんなに【上地雄輔】だとしても、ちょっと心配。」
「うん。でも上地って【上地雄輔】なとこもあるしね。まぁこういう部分に関しては【上地雄輔】だけど。」みたいな・・・・(笑)
無理かっ?σ(=∀=;)
上地くんを見てると、本当に一緒に頑張れる自分でありたいって思うんですよね。
それが本当の意味で自分に宛てられた言葉でないのは分かってる。
だけど上地くんとつながりたい、一緒に頑張りたいって願うかぎり、
やっぱりそれは上地くんが自分に宛ててくれる言葉だと思うから。
大した運も持っていない自分は上地くんみたいに「あげる」ことはできないけど、せめて「一緒に頑張ってるよ!」「楽しんでるよ♪」「ありがとう!」のキャッチボールが上地くんへの「あげる」になるなら、自分の列車を進め続けたい。どんなヘタクソであっても。
じゃなきゃ「全然違う・・・」って思っても、「あなただよ、あなた。」って同じところに引っぱりあげようとしてくれる上地くんに申し訳たたないもんね。
(フフッ 妄想なんてしたもん勝ちさっ ( ̄ー ̄))
自分のためが人のため、人のためが自分のため。なのかな?(^ー^*)
この睦月さんの記事は、睦月ワールド全開♪
「本当に上地くんに読んでもらいたい!」って思っちゃったよー♪
ヽ(*´∀`*)ノ
今日が初コメです。
いつもいつも、睦月さんの文章に感激してます。
私が言いたいことを睦月さんが書いてくれてて、自分自身がスッキリしたいがために読んでいるという気もします(笑)
さてさて、そんな私が何故いまさら初コメなのか?
なんか、今日、睦月さんの文章読んでたら、涙がダーっと流れてきちゃって。
なんでだろう。
いつも感激してうるうるすることもしばしばあったんだけど・・・。
今日はいつもにも増して「感動」したんです。
涙です。
私は今までも他の誰かのファンだったこともあるし、今現在もこの人好きだわ〜と思う人も沢山います。
でも、上地雄輔はそういう人達とは「好きの種類」が違うんです。
この人みたいになれたらいいなと思ったのも初めてです。
どう説明していいかわからなかったけど、まさに睦月さんが書いてる通りなんですよね。
なんか嬉しかったです。
ありがとう。
私が上地を好きになったキッカケがブログだということは自覚してます。
ブログがなかったらもしかしたらこんなには思ってなかったかもしれません。
文章ってすごいチカラを持ってますね。
睦月さんの文章もすごいチカラを持ってますね。
だって私、泣いちゃいましたから♪
激しく同意です。(爆)
ニモさんが言う“睦月ワールド”のコンセプトはきっとこれですもんねww
ただ、妄想爆発の睦月ワールドにも一応ポリシーみたいなものがあって・・・
それは、ひたすら自分の妄想ぶちかますのではなく、その根拠とか経緯を理解してもらう努力をするってこと。《あくまで努力ですけど・・・(^^;;》
そしてその中に自分自身が納得できるロジックがあるってこと。《あくまで“自分自身が”ですけど・・・;;》
まぁ、簡単に言っちゃえば、ちょっとだけこだわりのある妄想ブログってことでしょうか?(笑)
そのちょっとしたこだわりに共感して下さる人がいたり、理解して好意的に受け入れて下さる人がいるということがすごく嬉しいです。(*^-^*)
>この睦月さんの記事は、睦月ワールド全開♪
相変わらず何気ない鋭いご指摘で・・・ww
今回は上地に感情揺さぶられてとか、引っ張り出されて書いたんじゃなくて自分で箪笥の中整理したって感じで、
しかもきっと自分でも一度ちゃんと整理して形にしたかった大きなものだったから、引き出し全開にしてかなりスッキリしちゃいました〜w
なんか落ち着いた気がしてます。(^-^)
私も神児遊助がなかったらこんなふうに上地のこと好きにならなかったと思います。
上地の言葉からは、隠すことも飾ることもない素の上地雄輔の魅力が真っすぐに伝わってきますよね。(‐^▽^‐)
そしてまさに今日小学生の子供に聞かれました。上地のどこが好きなの?今となっては《全部》なのですが それではそこはかとなく恥ずかしいので、考えましたよ(*u_u)
貧相すぎて 書けませんが…
気持ちを言葉にするのって難しいですよね
すごく素敵に表現されていて嬉しかったです。
ありがとーございました。
本当にそう思います。
自分の感じているものがどういうことなのか、自分自身が理解することだって難しいですもんね。
それでもココに書いてきたのは、上地への思いは自分でちゃんと理解したい、形にしたい、納得したいって気持ちからでした。
そんな自己満足な文章を素敵と言って下さって、こちらこそありがとうございます。(*^-^*)